We can go (5)

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 その日の夕方、悟飯が彼女にその報せを持ってきた。
 すみません、ベジータさんは亡くなりました。少年はそう言った。
「クリリンさんも・・あいつらに―」
 彼は俯いて、握り締めた拳の上にぱたぱたと涙を落とした。声を詰まらせ、それ以上は話せなかった。
「分かったわ。ありがとう、知らせてくれて」
 彼はがばっと顔を上げ、叫んだ。
「ごめんなさい!ぼくだけ生き残ってしまったんです―!ごめんなさい!ごめんなさい!」
 彼は泣きじゃくりながら彼女に謝罪した。何度も、何度も―。
「何言ってるのよ。悟飯君だけでも生きててくれて、ホントに良かったわ。じゃなきゃあたしとトランクスだけになっちゃうじゃないの」
 よく戻ってきてくれたわ。そう言って自分の肩に手を置いた彼女の、青い瞳を彼は見上げる。ここに戻る間も泣き通しだったに違いない。目は真っ赤に充血し、瞼が腫れていた。彼はどこか遠いところを見るような目をして、彼女に告げた。
「ブルマさん、クリリンさんが言ってたんです。ベジータさんが―」
「―ベジータが、何?」
「ベジータさんが、ぼくを生き延びさせるように言ってたんだ、って」
「―――」
 少年は声を震わせながら、それでも彼らしい、誠実な言葉で話した。
「クリリンさん言ったんです。『今のままじゃ地球はおしまいだ。先のことになるだろうけど、お前が奴らを倒せるようになる可能性に賭けるしか無いんだ。生き延びてくれ』って」
 彼女の脳裏に、カプセル・コーポを立ち去ろうとするクリリンをベジータが呼び止め、言葉を交わしていた光景が甦った。
「ぼく、戦おうとしたんだけど―お前が死んだら何もかもおしまいなんだぞ、って。『強くなれ、悟飯。生き延びて、ブルマさん達を守るんだ。そして必ず、いつか必ず、奴らを倒してくれ』って。それに―」
 彼はもう堪えきれないというように、自分の道着の胸元をぎゅっと掴みながら、体を震わせた。
「ベジータさんが言ったんです―『生き延びることがお前の闘いだ。下級戦士の子でも、お前はカカロットの血を引いている。やれるはずだ。解ったら、さっさと行け』」
 彼は再び顔を上げ、叫んだ。
「戦わないで逃げたんです!ぼく、戦ってないんだ!仲間が死んでいくのを、見殺しにしたんです!ぼく、ぼくは――!」
 彼は泣き崩れた。彼女は、死よりも過酷な運命を背負わされた少年の肩に手を回し、ソファに掛けさせ、その頭を抱き寄せた。
 酷(むご)いことだと思った。彼はこの先、一生この事実から解き放たれることは無いのだ。たとえ敵を倒そうとも。
 仲間が死んでゆくのを感じながら戦線に戻らないなど、このやさしい少年にとって、どんなに辛く、勇気の要ることだったろう。たった一人になってしまうと解っていて、その小さな肩に圧し掛かるものの重さを知っていて、それでも彼は戻ってきたのだ。遺された世界の為に。
「・・ごめんね、悟飯君」
 彼女は、彼の埃まみれの黒髪にくちづけながら、少年に詫びた。
「ごめんね、ありがとう。ごめんね――」
 父は病に倒れ、母は、父を探しに来た人造人間に殺された。そして、仲間も奪われた。彼は、本当に独りになってしまった。

「悟飯君、うちに来ない?」
 ひとしきり泣いて、少し落ち着いた少年に、彼女は持ち掛けた。彼は今、父母の墓を守りながら、パオズ山の自宅で暮らしている。クリリンも、やはり悟空を探しに来た人造人間によって主を奪われたカメハウスを離れ、彼と一緒に生活していた。だがあの山に戻っても、今日から彼は一人で生活しなければならない。
「でも―」
 子供らしくない遠慮をするのがこの少年だった。全く、あの孫悟空を父に持つとは思えない。チチさん、大事に育てたのね。彼女は、数少ない女友達の少女のような顔を懐かしく思い起こした。
「あたしたちを守れって言われたんでしょ。だったら、いっしょにいてくれなきゃ。父さんはプロジェクトの為に王様のとこにいるし、母さんは父さんと一緒だし。もうここにはあたしとトランクスしかいないのよ」
 自分の言葉が、突き刺さった。今日からは、あの男はいないのだ。そう実感した途端に、彼女は心細さに崩れそうになるのを自覚した。
 あんな奴でも、やっぱり頼りにしてたってことなのね。
「ね、そうしてよ。あたしも心強いわ」
 彼は、すみません、お世話になりますと頭を下げた。こんな時にまでなんて礼儀正しいのだろう。彼女は苦笑した。

 荷物は時期を見て一緒に取りに行くことにして、彼女は少年を休ませた。部屋に戻り、トランクスを寝かしつける。
 シャワー使お。
 一昨日の夜に使ったきりなので、気候の良い季節だったが、さすがに少し身体が不快だった。
 湯煙の中、鏡に映る自分の体を眺める。昨夜の名残が、あちこちに散っていた。彼女は自身の肌の上に残るそのひとつに触れる。男の唇が描いた軌跡。彼が残した、情熱の轍(わだち)。
 もう、いないのだ。
 ふらりと出て行っては、何日も帰らないことがよくあった。頭では分かっていても、心のどこかで、そうしてまたふらりと舞い戻って来そうな気がしていたのかもしれない。
 もう、戻ることはない。もう二度と、彼が自分を抱くことはないのだ。彼女は身体の奥からその事実がせり上がって来るのを感じた。
 鏡の中の姿が、白く滲んだ。堰が切れると、止まらなかった。湯の流れる床に蹲り、彼女は、初めて泣いた。



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